高崎地域協議会

第39回高崎映画祭にて、NTT東日本群馬支店プレゼンツによる特別上映会『ペリリュー -楽園のゲルニカー』が開催されました。会場となった高崎芸術劇場には多くの市民が詰めかけ、高崎とパラオ・ペリリュー島を結ぶ深い歴史の記憶を共有しました。
■ 高崎から戦地へ:かつての「軍都」の記憶
上映前のスピーチでは、連合群馬高崎地協の伊藤事務局長より、上映会場周辺の歴史が語られました。現在、市役所や音楽センター、NTT東日本群馬支店などが並ぶ高松町一帯には、かつて「歩兵第15連隊」の巨大な兵舎が存在していました。高崎は、県内各地から徴兵された若者たちが訓練を経て戦地へ旅立つ「軍都」としての顔を持っており、劇中の舞台となるペリリュー島へも多くの若者が向かったことが紹介されました。
■ トークセッション:高崎第15連隊の記憶
上映後には、日本考古学協会会員の角田氏を招いたトークセッションが行われました。角田氏は、かつて硫黄島での遺骨収集作業に誘われたが2週間帰ってこれないので、参加することができなかったというエピソードが紹介され、遺骨収集作業には考古学の視点から行われていることが紹介されました。
また、高崎市役所の建設にあたって発掘作業が行われて、その際に、兵士が身につける認識票が発掘されており、認識票には、番号しかなく、その台帳は紙で管理しており、公文書管理の重要性が伝えられました。
また、太平洋戦争の資料が米国の公文書館では保管されているのに、日本では保管されていないことを地元選出の福田康夫元代議士が衝撃を受けて、日本においても公文書館の設立を進めてきたということを紹介しました。
そのほか事務局長から、県パラオ会やペリリューから生還し、戦後群南村議、高崎市議になった方、角田氏より龍広寺にある日露戦争時のロシア人捕虜のお墓があることの紹介もありました。
■ 高崎第15連隊跡地から高崎映画祭の創設
最後に伊藤事務局長は、戦後、第15連隊の兵舎跡地に、電電公社(現:NTT)、専売公社(現:JT)の地方拠点が置かれ、高崎駅に国鉄(現:JR)の管理局がおかれたことで、3公社の地方拠点が高崎に置かれました。高崎の都市の拠点性が高まるとともに、3公社の拠点であったことから、70年代の労働運動が高崎においても激しくもりあがりました。その労働運動の盛り上がりが、高崎映画祭の創設者の茂木氏(全電通労組OB)や常見氏(国立コロニー労組OB)につながっていることを紹介し、終了しました。










